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最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)35号 判決 1950年12月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岩沢誠の上告趣意第一点及び第二点について。

論旨第一点は結局原判決の事実誤認を主張するものであり、同第二点は原判決の量刑不当を攻撃するに帰着するものであって、いづれも明らかに刑訴四〇五条に定める事由に該当しない。

同第三点について。

まづ記録について第一審における審理の経過を検討すると、その審理の順序、方法が刑事訴訟法の精神に添わぬきらいがないではないが、然しこのために本件審理が直ちに違法であるとは断定し得ないところであってまたもとより刑訴四〇五条に定める事由にも当らない。

よって刑訴四一四条、三九六条に則り主文のとおり判決する。

以上は裁判官栗山茂、同藤田八郎を除く裁判官全員一致の意見である。

上告趣意第三点に対する裁判官栗山茂、同藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

本件第一審第一回公判調書を調査すると、裁判長は検察官の起訴状朗読の後、被告人に黙秘権を告げた上、被告人等及び弁護人に対し被告事件について陳述することがあるかどうかを尋ねたところ、被告人等は「副検事の朗読した公訴事実のうち第一の事実は否認するも、第二の事実については事がないから別に述べることがないが是から調べられることについては何事も御答えしますと述べた」とある。被告人が否認している起訴状記載の第一事実というのは、起訴状によれば被告人等三名が共謀の上昭和二三年八月一五日頃より同年一二月二八日頃迄の間出務表に架空の氏名を記入し且右架空人夫等の虚無の印章を押捺せる出務表を作成の上右人夫賃の支出官をして真正なる請求と誤信せしめ因て右賃金の額を支出せしめて之を騙取したという事実である。右調書によると、被告人の右陳述があった後裁判長は直に被告人に前科の有無、次いでその学歴、収入、家族関係、職務の内容、相被告人鈴木、吉田との関係等を尋ねた上、裁判長と被告人との間に次の問答がかわされている。問、貴方は昨年八月一五日頃迄の間右事実のため人夫を傭はないのに傭った様に出務表を作成しそれに虚無の印章を押捺してその支払請求を為し管理部をごまかして合計金二十五万千八百四十円を支出させ受取ったことがあるかね。答、はい御座居ます。問、そのような事をすることについて予め鈴木と吉田に相談した上であったか。答、否、私一存の考であったことでありまして決して相談等はしたこともありません(中略)問、貴方が鈴木、吉田に現金や品物を分けてやるとき二人になんと言って与えてやったのか。答、二人共その様なものゝ出る道は知って居るだろうと思ってたゞ人夫賃がたまったので分け様と言って与えました。云々。次で裁判長は相被告人鈴木に対し前科の有無、経歴等を尋ねた上「影井が昨年八月一五日頃から今年一二月二八日頃迄の間に二十五万一千八百四十三円という金を騙取したと言って居るが貴方はそのことについて同人より相談を受けなかったかね」と尋問した。最後に他の相被告人吉田に対しても共謀の事実について尋問しすべて取調を終った後に証拠調に入る旨を告げているのである。

おもうに、本件被告人が起訴状記載の第一事実を否認しているのであるから、裁判長は刑訴二九一条の手続を履践した後、訴訟関係人をして証拠調の請求をさせた上、検察官をして右事実について立証せしめなければならないものである。それにもかかわらず、裁判長は検察官及び弁護人又は被告人の意見も聴くことなく、証拠調の順序、方法を変更し又争点を明らかにするため職権で証拠調をしたものでもなく、前記調書記載で明らかなように、被告人を尋問して被告人をして犯罪事実を自白せしめているのである。つまり旧刑訴法と同一審理をしたのである。かかる審理は刑事訴訟において検察側の負うべき立証の責を被告人に転嫁せしめたものであって、攻撃防御の方法は当事者をして行はしめる刑訴法の原則を否定し結局検察側に偏重した手続となり公正な審理(Fair trial)ということはできないものである。なる程刑訴二九八条二項には裁判所は必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができるけれどもかように訴訟指揮権の濫用は許されないと言はなければならない。憲法三一条が保障しているところは公正な裁判の手続即ち審理によって生命若しくは自由が保護されるということであって、単に刑罰それ自体が適正であるべきことを保障しているものではない。公正な裁判の手続こそ人権を擁護すべき裁判の目標として憲法が保障しているものである。例えば、弁護人を附すべき事件に弁護人を附せずして裁判した場合に仮りに量刑が適正であったとしても、公正な裁判ということができないのと同様である。されば本件の場合は結局被告人の防御に実質的な不利益を生ずるものであって、いわゆる被告人の実質的権利を害する手続(刑訴二九五条参照)というべきであるからたとえ刑訴四〇五条に当らないとしても、同法四一一条にいう判決に影響を及ぼすべき法令の違反があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合に当ることは極めて明らかであるというべきである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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